それわた

それがわたしにとってなんだというのでしょう、な雲吐き女のつれづれ

煙のゆくさき

「タバコ、1本くれませんか」


 そんな言葉が出てしまったのは、先輩が笑って理由を尋ねてくれるってわかっていたからだろうか。

 案の定、先輩は灰皿にタバコをとんと叩き、目を細めながら「どした?」と聞いてきた。

 「んー、最近気になるひとがいるんですけど、」口をとがらせ、椅子の背にもたれかかるわたしは、酔っているように見えるだろうか。実際はオールグリーンな頭で、そんな計算をする。

 「そのひとが吸うんです、タバコ。でも、タバコを吸う女は嫌いって言うから、吸ってみようかなって」

 「なにそれ。嫌われたいってこと?」

 「そうじゃないんですけど、そのひとのすきなタイプから一旦離れてみたら、なにか変わるかなあって」

 そんなんでなんか変わんのかよ、とつっこみを入れる先輩の眼差しが少し低温になったのを感じる。先輩の脳内地図で、そこそこ県いける市かわいい町1丁目2番地に住まうわたしの、マンションの階数が2つ下がった。

 「吸いながら火をつける、でしょ。1本くださいよ」先輩の胸ポケットの膨らみに手を伸ばすと、「だめ」と体をひねってよけられた。

 「なんでよ、けち」「おいこら。つか酔ってんだろ、お前」すっかり氷の溶けた、びしゃびしゃのグラスを手渡される。

 「そんなんで手出すようなもんじゃないだろ、」と呆れたようなため息に、共犯してくれないなんてけちじゃん、と思う。好意があるならどこだって、わたしが望んだ方に手を引いて連れ去ってよ。

 


 店を出てすぐ、右と左に別れる。わたしはバス、先輩は電車だ。「気をつけて帰れよ」と眉根を寄せる先輩に、「はいはい、ごちそうさまでーす」と適当な返事を返し、歩き出す。先輩は少しの間わたしの後ろ姿を見守り、ゆっくりと踵を返しただろう。見てないからわからないけど、たぶん。

 

 バス停に向かう途中で、少し迷ってセブンイレブンに入った。陽気な色づかいの明かりが、少しだけ罪悪感を消してくれる気がする。「タバコください」明らかに慣れない発声にも表情を変えない店員さんに、慌てて「えーと、35番のやつ」とお願いした。35は誕生日だ。3月5日。

 レジに並ぶ赤いタバコと紫のライターを見て、悪そうな配色に少し笑ってしまった。

 

 コンビニを出て歩きながら、「ライター 付け方」でググった。車の多い道路の脇に佇んで、ライターをいじる。しゅぼ、と2、3回めで火がついた。

 「吸いながら、火を……」

 ぅげえほ、と盛大に咳き込んだ脳裏に、タバコを吸うあの人のなめらかな肩甲骨が浮かぶ。あちらを向いてタバコを吸う彼に、このことを報告したらどんな顔をするだろうか。右手に持った紙筒から出た紫煙が、ゆきさきを見失って薄暗い路地に溶けていった。